墨田区を歩こう――すみだ郷土文化資料館+立花大正民家園 旧小山家住宅

この景色が見たくて、わざわざ浅草側から歩いて来ました。
隅田川のむこうには墨田公園の桜、首都高速道路、そして蜃気楼のようなスカイツリー。
英語では超高層ビルのことをskyscraper(=空を削るもの)と言いますが、こうして遠目に見ると、まさに空に刻み込まれたモニュメントといった趣があります。
というわけで、今回は、東京都墨田区のご紹介です。
 

訪れた日は、ちょうど桜が満開。すごい賑わいです!
隅田川東岸の桜景色は、江戸時代には「名所」(などころ)という観光名物として、親しまれてきたそうなんです。こちらは戦後に形成された西岸の桜並木の写真ですが、先ほどのスカイツリーの写真からも東岸に桜が咲き乱れているのがわかりますね。
どれどれ、墨田区さんのデータベースから東岸の桜にまつわる歴史を覗いてみましょう。

「江戸名所 隅田川堤の花」
https://jmapps.ne.jp/sumida_bunkazai/det.html?data_id=610
こちらは初代・歌川広重による安政元年(1854年)の作。
なんとも味わいのある素朴さですね!
「東海道五十三次」で名を博した初代・歌川広重ですが、こちらの「江戸名所」も人気のシリーズ。売れっ子の浮世絵師の目にとまる風光明媚な景色が、当時も広がっていたのでしょう。

「東京名所第一之勝景 墨水堤花盛の図」
https://jmapps.ne.jp/sumida_bunkazai/det.html?data_id=385
おや、「江戸」ではなく「東京」と名が付いています。
こちらは3代目・歌川広重による明治14年(1881年)の作、つまり明治維新後のもの。
モダンな洋装の人が歩いているのを、画中に見つけられましたでしょうか? 風景とともに、人々にも焦点が当てられているのがわかりますね。

 

隅田川を言問橋から渡って1分ほど歩くと、すみだ郷土文化資料館に到着しました

古代より東海道の通過点として交通の要所であり、中世には宿が栄え、荘園制のもと発達が進んだという隅田川一帯。
江戸の繁栄の後も、産業の中心地として栄えましたが、その一方で、洪水や大火、1923年の関東大震災や1945年の東京大空襲など、度重なる災害や戦災に見舞われた土地としても歴史に刻まれています。
1階に展示されている向島百花園に落ちたという焼夷弾や、2階の常設展示「東京空襲の体験画展」には、沈黙と祈りを捧げずにはいられません。
体験画はいずれも凄まじく、描かれた方々の眼前で実際に広がっていた光景であるということが、にわかには信じ難いほどの衝撃です。

2階では、特集展示「伝説と名所‐すみだの寺社と源頼朝‐」も開催中でした。
1180年の石橋山合戦で平家に敗北した頼朝が、房総経由で鎌倉に帰還しようとしたときに、隅田川渡河をめぐる伝承が残されたそうなのです。
墨田区と源頼朝とが結びつかず、どういう展示なのか見当もつかないまま来館した私でしたが、なるほど、河川あるところに人の往来あり、というのは歴史の道理ですよね。

そして明治末の花見を再現したという2階の「墨堤ジオラマ模型」は圧巻!
模型の中の花見客からは、当時の人々の行動や文化を窺い知ることができますが、こんなにたくさんの人々のポーズから服装までを、一体どなたが決められたのでしょうか……?
パッと見た目にも楽しいジオラマですが、壮大な研究成果とも言えるでしょう。
3階の特集展示「隅田川の桜」とあわせて、花見の世界に引き込んでくれました。

https://jmapps.ne.jp/sumida_bunkazai/det.html?data_id=339
ところで、こちらは3階にも展示されていた「墨堤奥女中花見之図」、歌川貞秀による文久2年(1862年)の作。右下にあるのは三囲神社の鳥居上部なのだそうです。

 

というわけで、やって参りました、三囲神社の鳥居へ!
こちらの写真は神社の内部から隅田川の方向を撮ったものですが、なんだか先ほどの「墨堤奥女中花見之図」とはだいぶ様子が異なります。
現在では、浮世絵に描かれた時代よりも堤防が高くなり、川面からは鳥居を臨むことができないのだそう。
洪水という災害の歴史から教訓を得て、今日のこのような景色が生まれたのでしょうね。
写真上部の高速道路にも圧されて、なんだか味気なく思えるかもしれませんが、よく見ると、奥に見える隅田川の土手(墨堤)で催されている桜まつりが写りこんでいます。
人間は、たくましい。墨田区を歩いていると、そんな剛胆さを感じます。

 

さて、次は、押上駅から区内循環バスに乗って、「立花大正民家園 旧小山家住宅」まで足を伸ばしてみました。
住宅地に溶け込むように位置しているこちらの文化財は、大正6年(1917年)の建築。
農家としては土間が狭く、柱梁組における素材や意匠が充実しているため、江戸の町屋的な性質を持つことが特徴なのだそう。
家族構成の変化などにより、途中、改造や増築がなされましたが、構造的には大きな変化がないようで、こうして土間に立って奥座敷のほうを眺めてみても、日本の近代建築らしい落ち着いた時間の流れを感じます。

 

先ほどの写真の奥へ進んで行くと、こちらの硝子戸を通して、縁側から庭園を臨むことができます。
このガラス、写真ではわかりづらいのですが、少しゆらぎがあって、質感に何とも言えない味わいがあります。
大正時代に普及し始めたばかりの国産ガラスを、当時、早々に取り入れたのだそうで、現在では手に入らないのだとか。
震災も空襲も免れてなお今日まで割れずに残ってきてくれたのかと思うと、感動もひとしおですね。

 

250本もの樹木が植えられた見事な庭園です

さて、歴史にどっぷり浸かった一日の最後には、これからの未来のことを願掛けして終わりましょう。
庭園の中には、なんと七福神が全員お揃いでいらっしゃるんです!
どうかこれからも、この土地を見守っていてくださいね。

 

 

●すみだ郷土文化資料館
https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/kyoudobunka/
常設展示「東京空襲の体験画展」2017.7.8~2018.5.6
特集展示「伝説と名所‐すみだの寺社と源頼朝‐」2018.2.17~5.6
特集展示「隅田川の桜」2018.3.24~5.16

●立花大正民家園 旧小山家住宅
https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/tatibanataisyou/index.html