回想法の手法を採り入れた展示――北区飛鳥山博物館

「昭和」の暮らしぶりや生活道具の展示は、地域の歴史系博物館でよく見かけますよね。でも、よく似たテーマではあっても、展示物は土地ごとにかなり異なったりして、見比べてみると興味深いんですよ。個人的に大好きなテーマのひとつです。

北区飛鳥山博物館で6月17日まで開催中のテーマ展示、「オボエテマスカ?-懐かしの暮らしと道具-」。これも一見は「昭和のくらし」系の展覧会かと思いきや、訪れてみるとひと味もふた味も違いました。来館者を思う学芸員の心、そして社会貢献に向けたチャレンジ精神にあふれた展示だったのです。

 

みなさんは、「回想法」をご存知でしょうか。過去を語ることで精神が安定し、認知機能の改善も期待できる心理療法のこと。1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラー氏が提唱したのが始まりなのだそうですが、昔を思い出し、人と語り合う時には、前頭前野の脳血流が増加するそうで、医学的にも認められた方法なのだとか。

ところで、博物館には、いまご高齢の方々が若かった当時に使っていたはずの生活道具などがたくさん展示されていますよね。これらの展示物をご覧になり、過去を思い出しながらたっぷりとお楽しみいただくことは、認知症の対策にもつながるのでは……ということで、いま、博物館の世界でもにわかに注目を浴びているのです。

 

展示室には、この写真のようなパネルがたくさん掲出されていました。実は、ここに回想法の工夫が隠れているのですね。回想法では、お年寄りの記憶を呼び起こすために、「話してもらうための質問」をするそうです。たとえば、こんな感じでしょうか。

 

若い人| ねぇおじいちゃん、これはどうやって使っていたの?

高齢者| 何だ、そんなことも知らんのか。こう使うんだよ。

若い人| へぇ~すごいね。初めて知ったよ。

 

このように、ただ眺めるだけでなく、説明のために喋ることでより強く脳を刺激し、認知症予防に役立つのだとか。このパネルは、実際に「どうすればお年寄りの皆さんに会話を楽しんでもらえるのだろうか」と考えて作ったものだそうです。つまり、お年寄りに対する質問のサンプルのような内容になっているわけです。

たとえば、上の写真の右の部分。銀色の器に棒のようなものが付いていますが、これを見てすぐに「霧吹き」だと分かる方は、おそらく60歳以上なのではないでしょうか。この展示の前で、パネルの通りに「おばあちゃん、お裁縫は得意だった?」と訊ねれば、きっと当時を思い出してもらえるはず。懐かしい道具を一緒に見ながら、輝いていた頃の自分を思い出して欲しい、会話を楽しんで欲しい……。このパネルには、学芸員のそんな願いが込められているのです。

実際に、この展示を企画した学芸員は、高齢者施設に資料を持参して回想法に関わる活動を推進してこられた方です。ところが、活動を重ねるうちに「普及は容易ではない」ことを痛感し、ならば展示方法で高齢者福祉に貢献できないかと試行錯誤の末に辿り着いたアイデアなのだとか。

展示物を見て回るにつれ、そこにあるものを使った経験がない私でも、いろんなことを思い出します。「手に入れた時に一番うれしかった家電製品は?」という設問は、高度成長期を支えた世代にとっては思い出が膨らむ話なのではないでしょうか。このパネルの前では、思わず私も心の中で答えていました。

強い想い出があるモノは、その周辺のさまざまな話題まで掘り起こしてくれます。その時に子どもは何歳だったか。自分は何をしていて、世の中ではどんな出来事があったのか…。記憶を呼び起こしてもらい、それに耳を傾けることで、「人生の先輩」から大切なことを改めて教わる。そんな対話が生まれれば、とても素敵なことですよね。

パネルを改めてよく見ると、そこに書かれたひとことには、試行錯誤や工夫の跡が滲んでいるように感じます。それは、来館者に少しでも楽しんでもらいたいという学芸員の思いそのものです。担当学芸員から解説を聞いた後、もう一度、一人で展示を眺めてみると、いろんな思いが詰まったパネルから優しい気持ちを分けてもらった気分になりました。

博物館の外に出ると、飛鳥山公園の八重桜がきれいに咲いていました。人々を優しく見守っているように見えたのは、あながち気のせいでもなかったのかもしれません。

 

 

  • 北区飛鳥山博物館

https://www.city.kita.tokyo.jp/hakubutsukan/

<回想のための>テーマ展示 オボエテマスカ?-懐かしの暮らしと道具-

6月17日(日)まで