目撃せよ!「時代を創造するものは誰か」――川崎市岡本太郎美術館・TARO賞

 

川崎市岡本太郎美術館・常設展示室にて

岡本太郎のことを思い出すとき、皆様の脳裏には何が浮かぶでしょうか。

現代美術界の巨匠でありながら、その一方で、お茶の間の人気者でもあった太郎。
「芸術は爆発だ」をはじめとする数々のインパクトある名言は、広く知られていることでしょう。
ともすれば「難しい」と敬遠されがちな現代美術ではありますが、岡本太郎には親しみを感じていた……と仰る方も、少なくないかもしれませんね。

独特の視点と自由な発想で、常に新しい時代を切り拓いてきた岡本太郎。
亡くなった直後の1997年には「岡本太郎現代芸術賞」――通称「TARO賞」が設立されました。
太郎の熱い精神を継承し、次世代のアーティストを顕彰するTARO賞は、「時代を創造するものは誰か」という太郎の問いをアップデートするように、今年も続いています。

というわけで、今回は、川崎市岡本太郎美術館で開催中の企画展「第22回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」を紹介させていただきます。

 

特別賞:國久真有《BPM》

 

企画展の展示室に入ると、おや、作品に手を加えている方の姿が。
この方は、特別賞を受賞された國久真有さん。
自らの身体を軸にして、キャンバス上にぐるぐると遠心力を活用しながら、何度も円弧を描きこんでいます。
無数に重ねられたストロークは、彼女の身体だから描くことのできるサイズなのですね。

キャンバスの中央が白くなっている絵もありますが、手が届かないのでしょうか?
気になったので、話しかけてみました。
以下は、國久さんご本人のお話の要約です。

國久さん:
私の体の大きさだと、大体2m×3mの長方形のキャンバスであれば、四方から描きこんだ円が隙間なくピッタリ収まって、”絵画をつくろうとしている”といった密度が出ます。
逆に、今描いているような、それ以上の正方形のキャンバスになると、自分の許容範囲外の部分が出てくるので、もうちょっと人間らしい作品になります。
もともとキャンバスのサイズは人間の大きさに合わせて作られていると言われているのですが、この円を描くシリーズ「wit-wit」を始めたのは、それが本当かどうか確かめたかったという理由もあります。

手が届かないと分かっているのに、そのサイズのキャンバスを選ぶというのは、なかなか勇気がいることのような気もします。
「作家本人でも、その作品の中で出来ないことがある」ということを認める寛容の証明である……と解釈することもできますよね。
そんな視点でもう一度見てみると、正方形のキャンバスの中心にできた穴のような空白は、窓から光が射し込んでいるようにも見えて、なんだか風通しが良いようにも感じられます。
隙間無く円弧が埋められた長方形の作品が持っている緊張感とは、また別の魅力がある気がしました。

 

國久さんの右肩が出ているのは、「描く時に、腕を服が引っぱらないため」なのだそう。身体をダイナミックに使った描き方をしていますから、身にまとうものにも気遣いが必要となるのですね

屈託のない笑顔で、ご自身の作品とそこに込めた想いを語ってくださった國久さん。
実は、公開制作は初挑戦なのだそうで、話しかけてくる来館者の方々と話しこんでしまうこともあるのだとか。

國久さん:
TARO賞では、たとえばギャラリーに入らないほどのサイズなど、普段は扱いが難しいような作品を出すことができます。
TARO賞の場を活かしながら人とコミュニケーションする方法を考えたら、公開制作という形になりました。
私の絵は抽象的かもしれませんが、抽象概念を知ると、人の頭は柔軟になると思っているんです。
「絵描きは、どうしてこのご時世に絵を描くのだろう」といったことを、ずっと考えながら制作を続けています。

コミュニケーションを大事にする國久さんとの対話のおかげで、作品や美術について、より深く思いを巡らす時間を持つことができました。
公開制作は、会期中、3月30日・31日を除き毎日行われているそうですので、皆様がご来館の際にも目撃できるかもしれません。

 

入選:瀧川真紀子《10月、けやきの下で(くりかえされ、かわらないもの)》

入選:瀧川真紀子《10月、けやきの下で(くりかえされ、かわらないもの)》

展示室を回っていて、ふと目にとまったのが、こちらの舞台美術のような作品。
なんだか民俗資料館のアーカイブを見ているような既視感を覚えます。
そう、今、皆様がご覧になっているこのWEBサイト「MAPPS Gateway」上で、たとえば「箪笥」や「梯子」などと画像検索をすると、このような風合いのものがたくさん出てくるのです(ぜひ試しに検索してみてください)。

こちらの瀧川真紀子さんの作品は、かつての寺子屋に置かれていたものを素材としているのだとか。
昔は寺子屋のあった場所が瀧川さんの家なのだそうで、屋根裏やふすまの中から見つけた当時の軌跡を、この作品で用いているそうです。

古いものや残されたものを敬い、そこに物語を見つけようとする瀧川さんの作品には、まさにアーカイブにとって重要な考え方が詰まっているようにも思えて、なんだか胸が熱くなってしまいました。
作品の廃棄が社会問題にもなる昨今ですが、今、あらためて「もの」の大切さを捉え直していきたいものですね。

 

岡本太郎賞:檜皮一彦《hiwadrome: type ZERO spec3》

トップの岡本太郎賞を受賞したのは、檜皮一彦さんによる《hiwadrome: type ZERO spec3》。
レーザーやストロボなどを激しく明滅させる照明器具と、大量の車椅子とを積み上げた巨大なタワーは、得体の知れないエネルギーを放出する装置のようです。

更に、複数の映像作品によっても構成されるこちらの作品。
あまりにスケールが大きく、写真や感想といったひとつのフレームに留まることを拒むような、圧倒的な存在感です。
会場を後にして数日経った今でも、この作品の迫力が、記憶の中で甦ってくるようです。

 

入選:宮田彩花《MRI SM20110908》

宮田彩花さんによる《MRI SM20110908》は、ご自身の頭部MRI画像データを、刺繍で表現したものなのだとか。
あらかじめ刺繍のデータにバグを組み込むことで、作家自身も予見できなかったイメージを表出させているのだそうです。

ちなみに、こちら、刺繍であるにもかかわらず、下地となる支持体がありません。
なんと糸のみで構成されていますので、大きさの割には、驚くほど軽やかな見た目をしています。
テクノロジーの進化によって、作品のあり方も変わっていくことを実感させてくれるような作品です。

 

展示室の外には、作家の方々が用意したグッズを並べたブースも。もちろん購入できます

作家の方々へ向けて、メッセージを書いて残すこともできます

これからの時代を担う作家たち25名(組)の作品が紹介されている、今年のTARO賞。
そのうちのごく一部を、駆け足でではありますが、紹介させていただきました。

さて、常設展示室では、2025年の大阪万博開催決定を記念した常設展「ファンタジック TARO」が開催されています。
大阪万博と言えば、前回・1970年の開催時のシンボルタワーとなった、太郎の《太陽の塔》ですよね。
常設展では、前回の万博開催時に《太陽の塔》の中で展示されていた作品なども見ることもできますので、そちらも要チェックです。

 

「椅子コーナー」では、こちらの《手の椅子》(1967年)をはじめとする、岡本太郎がデザインしたユニークな椅子の数々に、実際に座ってみることができます

そのほか、今回の常設展では、「芸術は芸術家だけのものではなく、だれでも手に取れて親しめるべきである」と考えていたという太郎がデザインした生活用品を多く見ることができます。
写真の椅子をはじめ、ティーセット、ソファ、ネクタイやその原画、旧野球チーム「大阪近鉄バファローズ」のシンボルマークなども紹介されています。
ジャンルの垣根を易々と越える姿勢は、芸術家・岡本太郎の真骨頂でもありますが、その視界の広さが伝わってくるかのようです。

 

太郎のデザインに親しみが湧いたら、帰り際、ミュージアムショップに立ち寄られてはいかがでしょうか? わくわくする充実の品揃えです

岡本太郎の挑戦的な精神を継いだ作家たちを顕彰する企画展「TARO賞」。
そんな太郎の挑戦の軌跡を追った常設展「ファンタジックTARO」。
熱気に満ちたふたつの展示は、川崎市岡本太郎美術館で開催されていますので、ぜひお出かけになってみてくださいね。

●川崎市岡本太郎美術館
http://www.taromuseum.jp/index.htm
企画展「第22回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」2019.2.15-4.14
常設展 2025年大阪万博開催決定記念「ファンタジック TARO」2019.1.18-4.26