ある仕事で、幾重にも重なる瀬戸内の島々を見ながら、橋から橋へとレンタカーを走らせる機会がありました。頭に浮かぶのは、もちろん名曲「瀬戸の花嫁」。もう何十年も前の歌なのに、行くたびに無意識にこの歌を口ずさんでいました。昔の歌ってすごいですよね。嫁いでいく島の花嫁、結婚の情景が、島に住んだことのない私にも思い浮かぶのですから。
この橋がなかった時代は、別の島の男性と結婚するということは、物理的な距離以上に覚悟のいること、それゆえにドラマのあることだったのだろうな…と思います。まもなく6月でもありますので、「June Bride」にちなんで、MAPPS Gateway内を「花嫁」「婚礼」「嫁入り」で検索してみました。
この写真は、愛知県知多市の婚礼風景のもの。瀬戸内とは違いますが、「瀬戸の花嫁」の時代の結婚式のようです。隣に新郎の姿が見えないところを見ると、これから結婚式に向かうのでしょうか。昔は自宅で支度をして嫁ぐのが一般的だったそうで、「嫁入り」はこの写真のように行列で向かったのだとか。花嫁の美しさにはしゃぐ子どもたちの姿が何ともかわいらしく、結婚式は地域あげての行事だったようにも見えます。
■嫁入りの様子:北広島市エコミュージアムセンター 知新の駅デジタルミュージアム
https://jmapps.ne.jp/kitahiroshima/det.html?data_id=9033
こちらは、北海道北広島市の昭和の結婚風景です。馬橇(ばそり)に乗っているのが特徴的ですよね。白銀の世界の花嫁姿…何ともドラマティックな光景です。
続いて、花嫁が式で身に着けるものを見ていきましょう。これらは「結婚式限定」というものが多く、独特の華やかさはそこから生まれているのではないかと思います。
■打掛:長野市立博物館 収蔵品データベース
https://jmapps.ne.jp/nagamuse/det.html?data_id=5606
華やかな打掛は、もともとは上級武家の女性が小袖の上から羽織る防寒用の着物だったそうですね。婚礼衣装として普及したのは江戸時代に入ってからとのことです。寒い長野での仕立てということもあるのでしょうか、なるほど、よく見ると暖かそうです。
■花嫁用のかつら(高島田)と結い上げ台:福生市郷土資料室 収蔵品データベース
https://jmapps.ne.jp/fussa/det.html?data_id=17529
昭和20年から30年代後半まで、東京都福生市の美容院で実際に使われていたかつらです。花嫁さんが実際に着用して式に臨んだとのこと。冒頭の写真のような行列を控えていると思うと、結い上げる側も着ける側も緊張したでしょうね…。
■ゲタ:小松市立博物館 コレクションデータベース
https://jmapps.ne.jp/kmthk/det.html?data_id=3980
国指定重要有形民俗文化財で、昭和29年まで使われていたそうです。解説に「嫁入りのときに履く下駄」と書かれています。華やかなイメージの花嫁道具としては、ちょっと素朴ななつくりかもしれません。山に暮らす人々の慎ましやかなおしゃれ心が感じられます。それにしても、台の形も鼻緒の色や柄もいいですね。リファインして現代のデザインに転用できそうです。
次に、結婚式で使用される道具を見てみましょう。
■朱塗酒器(婚礼三々九度用):野田市郷土博物館・市民会館 資料データベース
https://jmapps.ne.jp/ndskdhk/det.html?data_id=8556
こちらは、昭和30年代から40年代にかけて使用されていたものだそうです。こちらも鮮やかな朱色が素敵ですね。現代の目で見ても美しいです。
さて、結婚と言えば「嫁入り道具」という言葉がありますが、ミュージアムのコレクションには、実にいろいろな嫁入り道具があります。それぞれのお土地柄を想像しながら見比べると、実に興味深いですよ。
■挟箱:滋賀県立琵琶湖博物館 歴史・民俗データベース
https://jmapps.ne.jp/biwahaku_h/det.html?data_id=5943
「はさみばこ」と読みますが、婚礼の際に持参した衣類などを入れる箱です。黒漆塗で、明治初期から昭和55年頃まで使われていたそうですので、ご記憶の方も多いかもしれませんね。当然ながら今の衣装ケースとは比べ物にならないくらい重厚に見えますので、長く大切に使う前提のものなのでしょうね。
■カガミ:小松市立博物館
https://jmapps.ne.jp/kmthk/det.html?data_id=4052
こちらも、国指の定重要有形民俗文化財。「嫁入り道具中、最も大切にしたもの」との解説が付いていますね。こうした鏡台は、絵画などでも印象的に描かれることが多いもの。当時の女性にとって、存在感の大きな家具だったことがわかります。
■桐箪笥:野田市郷土博物館・市民会館 資料データベース
https://jmapps.ne.jp/ndskdhk/det.html?data_id=8211
こちらは昭和2年のもの。博物館に寄贈された方が嫁入りされたときにあつらえたものだそうです。日本家屋にしっとりに馴染みつつ、家族の思い出が年々沁み込んでいくような、素晴らしい風情のタンス。現代のジャパネスク空間にも映えそうです。
最後に、もうひとつ。今回のテーマで、思い出がよみがえる1点を見つけました。私の個人的な話で恐縮ですが…こちらです。
■花嫁のある家族 奥津国道:サンバレー美術館 展示作品検索
https://jmapps.ne.jp/3800artmuseum/det.html?data_id=1808
結婚式当日、花嫁の控室の様子でしょうか。とても華やかな絵ですが、後方の男性の物憂げな表情が気になります。実は、この絵を描いた奥津国道先生とは、私は今から30年前にスペインでご一緒しているのです。
当時大学生だった私は、バックパッカーとしてアンダルシア地方を一人で放浪していました。そのとき声をかけてくださったのが、当時からすでに画家として大活躍されていた奥津先生です。その後、20年も経ってから一度お目にかかることができたのですが、「あ~、あの時の君か~」と覚えてくださっていて感激しました。
そこから、さらに10年が経ち、私の子どもたちも奥津先生と出会った頃の自分と同じくらいの年齢になりました。この絵に描かれた、何とも言えない男性の表情を見ながら、時間の流れを噛みしめる私でした…。
いかがでしたか? 夫婦別姓など家族の在り方が議論される現代ですが、結婚にまつわる慣習が映るコレクションから浮かんでくるさまざまな物語は、語り継ぎたい日本の風景のように思えました。