情熱は途切れない。~岐阜かかみがはら航空宇宙博物館より

次の写真、教科書や本などでご覧になったことがある方も多いのではないかと思います。1903年、ライト兄弟が製作した飛行機の模型。この形は有名ですよね。

では、次の写真は何を写したものか、お分かりですか?

これはJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)が開発した「イカロス」という名前の宇宙ヨットの1/10模型です。正確には「小型ソーラー電力セイル実証機」なのだそうですが、あの「はやぶさ」ブームの頃に話題になったので、ご存じの方も多いかもしれませんね。何でも、太陽の光の粒子が帆で反射する時の反作用で進むことができるのだとか。2010年に実用化されたそうなのですが、きっとものすごい先端技術の集大成なのでしょうね。

今回ご紹介するのは、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館。こちらの常設展示では、航空宇宙技術の発展の歴史をたどることができます。展示で学べる技術の変遷ぶりは驚きの連続なのですが、それ以上に、それぞれの時代で開発に携わってきた人々の情熱や執念は感動モノでした。

ライト兄弟の飛行機と、最新技術による宇宙ヨット。技術も時代もかけ離れたこのふたつをつなぐのは、途切れることのない「空宙(そら)への憧れ」と「モノづくりの魂」。今回はいつもより少し長編になりますが、どうぞお付き合いください。

 

こちらは、「陸軍 乙式一型偵察機(サルムソン2A2)」。ここ各務原で量産された最初の航空機です。1号機は、1922年に各務原飛行場で初飛行したとのこと。こちらに展示されているのは、現存する資料を基に1995年に復元された実物大のレプリカです。

これは「海軍 十二試艦上戦闘機」。零戦の試作機一号機にあたるものだそうです。三菱航空機によって作られ、各務原で初飛行しました。この写真は実物大の模型なのですが、こうして吊るされていると美しさが際立ちますね。空気抵抗と重量を極限まで抑えた設計による機能美なのでしょうか。

銀色に輝く機体は、「陸軍 三式戦闘機二型『飛燕(ひえん)』」です。第二次世界大戦中に各務原の川崎航空機によって作られました。世界で一機しか現存しない貴重な機体で、この博物館のリニューアルオープンに合わせて鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館から里帰りを果たしたのだそうです。戦後に施された塗装をはがし、川崎重工業の120周年事業として、当時の姿に復元したのだとか。ゼロ戦に比べて主翼が細いように感じますが、その名の通り、スピードと旋回性能の良さが想像できますね。

終戦から7年にわたり、日本は航空機の生産だけでなく、研究や実験すら禁止されていたそうです。航空機に情熱を注いできた方々にとって、それはどれほどのつらさだったでしょうか。こうして「作品」を見るにつけ、その無念が伝わってくるようです。

作りたくても作れない期間を乗り越えて、航空機製造が再開。戦後、各務原飛行場で初飛行したのがこちら、「川崎 KAL-1 連絡機」です。車輪が主翼にふたつ、胴体の後ろにひとつ付いていますが、これ以降の飛行機は胴体前にひとつ、主翼にふたつとなります。主翼の下のふたつの車輪で、機体が少し上を向いている様子は「飛燕」と共通していますね。戦中の「名残」がうかがえるのが、何だかうれしく感じます。

いかにもスピードが出そうなスタイルのこの飛行機は、「ロッキード/三菱 F-104J 要撃戦闘機」です。日本で初めてライセンス生産された「超音速」のジェット戦闘機。1961年から1967年まで生産されていたそうですが、50年以上前のものとは思えないスタイルですよね。

これは「三菱 T-2 CCV研究機」。コンピュータ制御で機体の安定性を保つよう設計されていて、機体操縦のターニングポイントになった機種だそうです。

こちらは「航技研 低騒音STOL 実験機『飛鳥(あすか)』」です。エンジンを主翼の上に置いた個性的なスタイルは人気が高く、来館した航空機ファンたちから「飛鳥、ここにいた!」と歓喜の声があがることも珍しくないのだとか。小さな地方空港でも離着陸することを目指して開発された実験機だそうです。

ほかにも紹介したい魅力的な航空機やヘリコプターがたくさんあるのですが、そこはぜひ現地に足を運んでいただくとして、宇宙の展示に移りましょう。

この姿、見覚えのある人も結構いらっしゃるのでは。現在放映中の大人気ドラマ『下町ロケット』で何度も見たロケットエンジンですね。

思わず近寄って、「あの町工場が作ったバルブシステムは、どこに搭載されているんだろう」と、見回してしまいました。これは「LE-7 エンジン」というH-Ⅱロケットを打ち上げた国産エンジンで、地上での燃焼試験に使用されたものだそうです。ドラマの劇中でも、苦労に苦労を重ねて無数の精密なパーツを作っては燃焼試験を繰り返していましたよね。ロケットエンジンは、まさに「モノづくりの魂」の塊なのです。

これは、光衛星間通信実験衛星「きらり」の実物大模型です。「きらり」は2005年に打ち上げられ、世界で初めて人工衛星同士の光通信に成功したものだそうです。

この写真、皆さんも見覚えがおありでは? 国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の実物大模型です。滞在する宇宙飛行士さんの様子をテレビで中継する際の背景としてお馴染みですよね。無重力の中で暮らしたり、いろいろな実験をしたりする姿は衝撃的でした。なお、左端に見えるノートパソコンのあるラックは、船外で活動するアームを操作するためのものだそうです。

そしてこちら。人類史上初めて小惑星の岩石を持ち帰ったあの「はやぶさ」の後継機、「はやぶさ2」の実物大模型です。今年6月27日に小惑星「リュウグウ」に無事到着したそうですが、こちらのミュージアムでも10月20日から11月25日まで特別企画展「はやぶさ2 ―はやぶさのその先へ―」が開催されていました。この日は、開催前ということで、観られませんでした。

そしてこれが、NASAの火星探査計画の一環として火星に送られた無人探査車「キュリオシティ」の実物大模型です。火星に川が流れていた痕跡を発見し、生物が生息可能な環境だったことが確認されたというニュースもありましたね。宇宙ファンにとっては夢が広がる話です。

いかがだったでしょうか。ライト兄弟の飛行機から宇宙ヨット、火星探査車に至るまでの流れをたどると、人類の飽くなき探求心、夢と情熱が浮かび上がってきます。展示物の裏側には、無数の失敗の積み重ねと、そこから立ち上がる挑戦心があったのでしょう。感心するわ、驚くわ…と観覧中は興奮の連続でしたが、博物館を出た後も感動が読後感のように長く尾を引く、素敵な体験でした。

建物を出ても何だか名残惜しく、館を振り返りました。すると、車椅子に座ったお年寄りが、それを押す若者に何やら語りかけていました。何かを語り継いでいるのかな…とうれしくなりましたが、私の勝手な妄想はさておいても、資料とともに先人の「経験」を継いでいくことも博物館の重要な役割なのだと思いました。航空機と宇宙開発の発展の歴史を展示する、貴重な博物館。最も印象に残ったのは、やはり「人」でした。

 

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館:http://www.sorahaku.net/index.html
本稿の作成にあたり、「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館 ガイドブック」を参照させていただきました。