湘南と言えば、江の島での海水浴や、鵠沼海岸でのサーフィン。
マリンリゾートの聖地というイメージをお持ちの方も多いかと思いますが、そのルーツを辿れば明治維新の時代にまで遡ることができるとか。
当時、西欧でレジャーとして流行していた海水浴文化が流入し、逗子や葉山などと並んで海辺の保養地・別荘地として栄えたのだそうです。
賃貸物件サイトを見てみると、確かに別荘と思しきゴージャスな物件がちらほら。
癒しや安らぎ、非日常を求める心は、100年前も今も変わらないわけですね。
というわけで、今回は、そんな湘南にある平塚市美術館へ。
2019年に新たにコレクションとして収蔵した作品を紹介する、『新収蔵品展 国際興業コレクションを中心に』を楽しんで参りました。
今回の新収蔵品展で中心となっているのは、油彩画・日本画60点。
国際興業株式会社という民間企業から寄託を受けた作品群なのだそうです。
以前は箱根で「強羅ホテル」というモダニズム建築の宿泊施設を経営していた会社で、今回寄託された作品にも館内に飾られていた作品が含まれているとか。
では、その強羅ホテルのあらましについて、簡単に確認しておきましょう。
1938年に開業した同ホテルは、建物の老朽化で1998年に閉業するまで、実に60年にわたって箱根の保養文化を支えてきました。
経営は何度か変わっていますが、とても便利な立地で、戦中は政治家の会合などに使用されたり、その後は戯曲作品のモデルになったり。
長い時間の中でさまざまなドラマを紡いできた名宿だったようですね。
跡地には新たな宿泊施設が建設され、現在も営業を続けています。
今回寄託されたのは、そんな歴史に華を添えてきた絵画たち。
美術としての素晴らしさは当然のこと、歴史資料としての価値も期待できそうですね。
では、さっそく展示室に入ってみましょう。
前半は、三岸好太郎や東郷青児、猪熊弦一郎に福沢一郎、そして藤田嗣治ら、著名な画家たちの戦前・戦中期の作品が並んでいます。
この時期に描かれた作品は、空襲による焼失を免れて現存しているだけでも価値があると言えそうですね。
今回は、幸運にも担当学芸員の江口恒明さんにお話を聞くことができました。
解説によれば、戦前・戦中期という特殊な状況下で描かれているために、その作家としては珍しい傾向の画風となっている作品もあるようですよ。
まさに空間の装飾にふさわしいような、華々しい印象の絵画もありますね。
たとえば、高間惣七の《海水浴》は、実際にエントランスに飾られていた作品とか。
なるほど、明るく賑やかで、宿泊客を迎えるにはぴったりな雰囲気です。
また、個人的には南薫造《箱根の秋》も印象に残りました。
「箱根に着いたんだなあ」と実感できそうな絵で、とても素敵です。
窓の外の風景と連なって見えたであろう旅情あふれる風景画に、客室だけでなくオフィスの応接間にも似合いそうな心が落ち着く静物画。
どんな空間に置かれていたのかという視点を重ねると、作品世界がグッと広がります。
「自分がホテルオーナーなら、どこに飾るかな」なんて考えながら、ゆったりと鑑賞を楽しむことができました。
海の湘南から山の箱根に思いを馳せて、時空を超えるイマジネーションの旅。
いかがでしたでしょうか。
旅行に出かけるにはなかなかタイミングが難しい昨今ですが、旅の空気や独特の旅情は、作品や展示を通しても豊かに思い描けるもの。
今回は、そんなアートの魅力に改めてふれるひとときとなりました。
平塚市美術館の『新収蔵品展 国際興業コレクションを中心に』は、2021年2月21日(日)まで開催中。
WEBサイトでは新型コロナウイルス対策についてもアナウンスされていますので、ぜひご一読の上、どうぞお気を付けてお出かけください。
●平塚市美術館
新収蔵品展 国際興業コレクションを中心に
2020年10月3日(土)~2021年2月21日(日)
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/index.html
※新型コロナウイルス感染症対策のため、開館日時や利用条件等に制限がある場合があります。ご訪問の際は、美術館ホームページにて詳細をご確認くださるよう、お願いいたします。