明治の熱さを今に。神奈川県立歴史博物館「真明解 明治美術」

今年は全国のあちこちで「明治維新150年」のメモリアルイベントが花盛り。ここ横浜・神奈川県立歴史博物館でも、「明治150年記念 真明解 明治美術 増殖する新(ニュー)メディア ―神奈川県立歴史博物館50年の精華―」が開催されています。

9月2日までは前期にあたり、その翌々日から9月いっぱいまで後期となる大規模な特別展。今回は、8月2日の初日にお邪魔いたしましたので、当日の様子をご紹介します。

押し寄せる西洋の文明に晒された明治の人々。それぞれの立場からよりよい社会づくりに立ち上がりましたが、それは芸術の世界でも同じでした。
写真や洋画の技術が流れ込んでくる中で、それを学び、自らのスタイルに取り込みながら、独特の「日本の美術」を確立させていく…。何とも知的好奇心を刺激されるストーリーですが、今回は幸運なことに学芸員の解説付きで読み解くことができました。

展示室内に入ると、いきなり目が釘付けです。若くして日本の西洋画の頂点の一角へと駆け上がった五姓田義松の「老母図」から立ち昇る、圧倒的な迫力。写真のポスターの右側の絵です。
モデルは、彼の年老いた実母。恐らくもう身体の自由が利かないであろう最愛の母は、言葉を発しそうな視線をこちらに投げ掛けています。作品の前に立つと、本当に視線を感じるくらいでした。学芸員の解説では、日本に油彩画がまだ浸透していない中、彼は渡欧して学ぶことなくこのリアルな表現を身につけたのだとか。明治8年にこれほどの西洋画が存在したとは、驚きです。上の写真のポスターからも、私が受けた衝撃をお察しいただけるのではと思います。

展覧会図録の冒頭には、若かりし頃の鏑木清方が、自らの技量の不足を嘆く様子が書かれています。学芸員によると「想いに技術が追い付かない、明治という時代の特性ではないか」とのことですが、指摘されてなるほどと思いました。
そういう観点で今回の展示を見るに、どの作品からもこの時代の人々、画家たちの想いが渦巻いているような気がしました。彼らの強烈な向上心があふれ出ているように感じられたのです。

今回の展覧会図録。明治という時代がとてもよくわかります。

明治時代の特性と言えば、絵の中に描かれた人物たちも同様です。チャールズ・ワーグマンの「街道」、高橋由一の「江の島図」などの油彩画は、全体の雰囲気はどう見ても洋画なのですが、広重の作品に登場するような笠をかぶった旅姿の人々が描かれているのです。

油絵で描かれた、江戸時代風の旅人。これだけでも、当時の社会に訪れた大変革の規模感が伝わってきます。明治期というと洋装を思い浮かべますが、学芸員によれば、特に前半はまだ着物の人々が多かったのだとか。
そんなわけで、この日は学芸員ご自身も明治前期風のいでたち。よくお似合いでした。

今回の展覧会を企画された角田さん。こうして見ると、和装って本当にカッコいいですよね。

展示室には、写真、洋画、日本画が並びます。私たちは、自分たちの伝統文化である日本画ありきと考えますが、言葉としては洋画が先。この頃に入ってきた「洋画」に対する我が国の固有の画法を指すために「日本画」という用語が生まれたそうです。

洋食・和食の料理にも言るこどだと思いますが、西洋の技法が流入するに任せず、日本古来のものの価値にもきちんと向き合おうという姿勢が感じられます。これは明治の文化人たちの気骨なのかな、と思いました。
と言うのも、展示を見ながら進むにつれ、「和」と「洋」が互いに競い合っているようにも思えてくるのです。この心地よい緊張感も、この時代ならではのものなのでしょう。

さて、学芸員に引率された一行は次の展示室へと進みます。富裕層を中心に写真が普及し始めたこの頃に登場した、とあるアイテムに目を引かれました。それは、表紙に漆を施した豪華絢爛な写真用のアルバム。私たちの年代にはお馴染みのものですが、こちらは工芸品として圧倒的な存在感。素晴らしい出来でした。

また、初代宮川香山の眞葛焼も、その芸術性には背筋がゾクッとしました。こうして実物を目の前にしても、もはやどうやって作ったのかさえ想像できないほど精巧さ。これらの工芸品も、前述した作家たちの強烈な向上心を発散しているようで、それを見ている自分にも力が湧いてくるような気分になります。

もうひとつ、印象に残ったのが地図の展示です。最初は何だか唐突なように見えたのですが、ここで解説してくださる学芸員の声のトーンが上がりました。「皆さん、これ、よく見てください。手仕事なんですよ」。言われて初めて気がつきましたが、なるほど、これもものすごい職人技です。
当時、精密な地図はすべて手書き。当時は地図を作るにも「画力」に頼っていたわけですね。これはちょっとした発見でした。

ところで、この展覧会のサブタイトルは「増殖する新(ニュー)メディア」と付けられています。写真や銅版画、印刷技術が発展していくこの時代の空気感を見事に言い表したタイトルですが、展示を見るとどれもこれもが「ひとつ前の時代にはなかったもの」であることに気付きます。
極めて細かな描写が施された銅版画、絵本の挿画、美麗な絵葉書まで。PCやスマートフォンに匹敵するような「ニューメディア」だったのでしょうね。

 

とても熱心に解説に聞き入る来館者。お世辞抜きで面白くて、私も熱中しました。

当日、館内は大勢の来館者で賑わっていました。この時代を体験するような展示と学芸員の解説に、学生さんも、お年を召した方も、皆さん食い入るように耳を傾けておられました。

そして、今回の展覧会は、館の学芸員や職員とは別に、特別な想いで見守る方々がいます。最後に、この特別展に大きく貢献した彼らについてご紹介しておきましょう。

この日私は、展覧会を「2周」しました。見終わる直前に入口に戻り、順路を最初から歩いたのです。学芸員について回ったのは2回目の時で、1回目は展示ガイドアプリ「ポケット学芸員」を頼りにひとりで展示を観賞しました。

「特別な想いを抱えた方々」とは、このアプリ内で音声解説を担当したナレーターの皆さん。プロのアナウンサーのように端正な美声を聞かせてくれるのは、実は、神奈川県内の高校生たちなのです。

特別展の開幕を数日後に控えた7月末、県内の高校に通う数人の生徒が館を訪れました。一見はごく普通の高校生ですが、彼らはただ者ではありません。実は全員が「NHK杯全国高校放送コンテスト神奈川県大会」に出場する代表選手、県内各地の高校の放送部から招集された「特別編成のドリームチーム」だったのです。

彼らは、自らナレーションを行う展示を事前に見学しています。学芸員の解説を熱心に聞き、それぞれが万全の準備を整えて、解説原稿を読み上げました。もしかしたら、こうした公の場では「デビュー戦」だったのかも知れません。ところが、流れる音声は、どう聞いてもプロとしか思えないクオリティ。ぜひご体験いただきたく思います。

学芸員の解説に聞き入るナレーターたち。ここでは普通の高校生でした。

そういえば、こちらは建物も「明治生まれ」です。明治37年に建てられた旧横浜正金銀行の本店だそうですので、今年で114年を数える計算になります。この堂々たる外観も、変化の波の中ですくっと立つ明治人を象徴しているように思えました。

激動の明治にスポットを当て、当時の人々の思いや生き様を現代に伝える展覧会。この建物で開催されたのは、何かの縁なのかも知れませんね。

私は仕事柄、各地で展開されている「明治維新150年」関連展覧会には何度か足を運んでいます。それぞれに素晴らしい展示が展開されていましたが、今回の特別展は、この記念すべき年を代表する展覧会のひとつと言えると思います。

今回は学芸員について巡回しましたので、充実の展示内容に加えて企画側の想いが際立って伝わってきました。明治という時代は、美術の世界も「維新」だったのだ! そんな状況がリアルに実感ができた満腹気分の展覧会、心の中で敬礼しつつ少し背筋を伸ばして帰路についた私でした。

 

注:この展覧会では写真を撮影することはできません。館内の写真は神奈川県立歴史博物館様よりご提供いただきました。

 

 神奈川県立歴史博物館
「明治150年記念 真明解 明治美術 増殖する新(ニュー)メディア―神奈川県立歴史博物館50年の精華―」
[前期]2018年8月4日(土)~9月2日(日)
[後期]2018年9月4日(火)~9月30日(日)
ホームページ:http://ch.kanagawa-museum.jp/
展覧会ページ:http://ch.kanagawa-museum.jp/exhibition/2493
アプリ紹介ページ:http://ch.kanagawa-museum.jp/m150/guide.html