デザイナーズ・チェアに座って、贅沢な鑑賞体験を――埼玉県立近代美術館

 

埼玉県立近代美術館外観

現在のさいたま市浦和区には、かつて「浦和画家」と呼ばれた芸術家たちが住んでいた一角がありました。
きっかけは、1923年(大正12年)の関東大震災。
被災した人々が移り住んできたため、結果的に数十名もの芸術家たちが集うことになったのだそうです。
それから100年近く経った現在、この芸術と文化の街は、どう変化したのでしょうか?

今回は、そんな北浦和エリアのミュージアムをご案内しましょう。
埼玉県立近代美術館です。

 

田中米吉《ドッキング(表面)No.86-1985》1985-86年

建築家・黒川紀章氏の設計により1982年に開館した、埼玉県立近代美術館。
ユニークなファサードを備えた外観が特徴的ですが、そうした建築や内装とも調和する作品群が館の内外に多数設置されています。

まず注目したいのは、有名な『今日座れる椅子』。
埼玉県立近代美術館が開館当初から収集してきたという名作デザイナーズ・チェアのコレクションに、実際に座ってみることができるのです。

 

ハリー・ベルトイアによるデザインの《ダイアモンド・ラウンジチェア》

美術館は、貴重な一点ものの作品や資料の宝庫です。
劣化を防ぎ、より良い状態で保存しなければなりませんので、「お手触れNG」が原則となるのは仕方のないところ。
でも、「実際に触ってみたい」「椅子なら座ってみたい」と直感的に思うこともありますよね。
その点、常時数十種類ものコレクション・チェアに実際に座ってみることができるのは、私たちの自然な欲求に応えてくれる展示法だと言えるでしょう。

近代以降に量産を目的として生まれたプロダクト・デザインならではの体験型展示物。
『今日座れる椅子』は、公式HPでもリストが公開されていますので、あらかじめ設置場所をチェックしてから出かけることもできますよ。

 

アーティスト・プロジェクト#2.04トモトシ「有酸素ナンパ」展示風景。椅子:ニルス=イェアン・ホゥエスンのデザインによる《エックス・ライン》

『今日座れる椅子』に座って、ゆっくり鑑賞できる作品もありました。
この日、館内に点在していた映像作品は、活躍中の現代美術家であるトモトシさんによるもの。
学芸員イチオシのアーティストを推薦する『アーティスト・プロジェクト#2.0』というプログラムの一環なのだそうです。
様々な座り心地のデザイナーズ・チェアに座って作品を観る……何とも贅沢な鑑賞体験ですよね。

 

アーティスト・プロジェクト#2.04 トモトシ「有酸素ナンパ」展示風景

ところで、『有酸素ナンパ』と題されたトモトシさんの展示。
ちょっと変わった展示タイトルの理由について、担当の佐原学芸員のコメントをいただくことができました。

「トモトシさんは、公共空間の中で、ご自身が知らない人に介入していく場面を映像に収めています。でも、日常的には、都市で偶発的に人間関係をつくることは難しい。あるとすれば、ナンパくらいですよね。コミュニケーションを気軽にトレーニングするような展覧会タイトルにしたいね、とトモトシさんと話し合った結果、『有酸素ナンパ』に辿り着きました」

 

椅子:オリヴィエ・ムルグのデザインによる《ブルム》。映像:トモトシ《グレイトイベント》2019年

アーティストと学芸員の綿密なやりとりによって決められているのは、展覧会タイトルばかりではありません。
各作品に対してどの椅子を置くのか、どこにいくつ置くのか……といったことまで話し合うのだそうです。

たとえば、上の写真では、ゆったりとリクライニングするユニークな形状の椅子が置かれていますね。
これは、正面の映像作品に棒高跳びの棒が出てくるから。
跳躍する時の姿勢をイメージして、この椅子が選ばれたのだとか。

2脚置かれているのは、鑑賞者に隣り合って座ってもらうため。
確かに、もしも3脚置かれていたら、電車の座席のようになるべく間を空けて座ろうとしてしまいそう。
この2脚という置き方そのものも、「偶発的な人間関係」を発生しやすくするアイデアなのですね。

 

ニューヨーク・アートシーン展の展示風景。椅子:アーヴィング・ハーバー&ジョージ・ネルソンのデザインによる《ネルソン・マシュマロ・ソファ》

2階の展示室では、アートファン必見の企画展が開催中。
『ニューヨーク・アートシーン -ロスコ、ウォーホルから草間彌生、バスキアまで-滋賀県立近代美術館コレクションを中心に』。
こちらでも、展示風景と見事に調和する形でコレクション・チェアが設置されています。

20世紀美術を物語る数々の名作を前に、座り心地抜群のソファでほっと一息。
もしくは、ソファ上に置かれた展覧会カタログのサンプルを読みながら、作品や展示についての造詣を深めるのもよいでしょう。

 

ニューヨークアートシーン展では、お馴染みのアンディ・ウォーホル作品も

 

マルセル・デュシャンを祖とするコンセプチュアル・アートがどのように変化していったか、順を追って実感することもできる展示構成です

 

話題のバスキア作品や、ニューヨークで活躍した日本人の作品を見ることもできますよ

 

館内はまさに「椅子の美術館」といった雰囲気ですが、もちろんそれだけではありません。
モネ、シャガール、ピカソといった西洋の大家から、先述した「浦和画家」、そして新進気鋭の作家たちの作品群まで。
文化の街の美術館としてのコレクションの充実ぶりは、WEB上のデータベースを覗くだけでも察することができます。
画像が掲載された作品も多くありますので、是非お気軽にアクセスしてみてくださいね。

 

コレクション展示室風景

もちろん、実物のコレクションを鑑賞することもできます。
この日、1階の展示室では『MOMASコレクション 第3期』が開催中。
モーリス・ドニやレオナール・フジタを筆頭に、「浦和画家」の田中保、埼玉ゆかりの作家である橋本雅邦や小村雪岱らの作品が展示されていました。

ひときわ目を引いたのは、北野謙《光を集めるプロジェクト》シリーズ(2017)。
埼玉県立近代美術館の屋上にカメラを置いて、冬至から夏至までの間、長時間露光で太陽の光跡を撮影した写真作品なのだそうです。

それにしても、作品自体の魅力もさることながら、アーティストと多様に協同を試みる館の姿勢には感服してしまいます。
ほかにも、子どもや地域の方々に開かれたプログラムも充実していますから、活発なミュージアムであることが伝わってきますね。

 

北浦和公園内にある「音楽噴水」。決まった時間になると、音楽とともに噴水が躍動します

埼玉県立近代美術館は、JR「北浦和」駅から徒歩5分ほどの好アクセス。
緑深く広々とした北浦和公園内に位置していますので、お天気に恵まれれば鑑賞前後の園内散策もおすすめですよ。
大きな噴水や彫刻作品が立ち並ぶ野外空間は、きっと美術館での鑑賞体験をより豊かなものにしてくれるはず。
皆様も、文化の街・北浦和をぜひ満喫してみてくださいね。

 

●埼玉県立近代美術館
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/index.php?page_id=0

企画展「ニューヨーク・アートシーン -ロスコ、ウォーホルから草間彌生、バスキアまで-滋賀県立近代美術館コレクションを中心に」
2019年11月14日(木)~2020年1月19日(日)

コレクション展「MOMASコレクション第3期」
2019年10月26日(土)~2020年2月2日(日)

「アーティスト・プロジェクト♯2.04」
2019年11月14日(木)~2020年1月19日(日)

※お出かけの際には、年末年始の休館日にご注意ください。