「昭和館で学ぶ『この世界の片隅に』」

 

九段下交差点にそびえる昭和館、堂々たる佇まいです

昭和館は、主に戦没者遺族をはじめとする国民が経験した戦中・戦後(昭和10年頃から昭和30年頃までをいいます)の国民生活上の労苦についての歴史的資料・情報を収集、保存、展示し、後世代の人々にその労苦を知る機会を提供する施設です。
――昭和館ホームページより

8月は戦争に関する企画展を開催する館も多いと思いますが、今回はこちら、昭和館をご紹介しましょう。
地下鉄「九段下」駅の目の前という好立地にありますので、都内にお住まいの方、あるいはご勤務の方なら一度は目にしておられるかもしれません。
館の紹介文には「戦没者遺族」「国民生活上の労苦」と言った重い言葉が並びますが、平和への誓いを立てるのはもちろん、昭和の暮らしを学ぶにも最適な場所なんですよ。
特に、この夏は、大きな話題を呼んでいる特別企画展が開催されているんです。

 

昭和館特別企画展「昭和館で学ぶ『この世界の片隅に』」看板

2016年に公開されたアニメーション映画『この世界の片隅に』は、国内だけでなく海外でも大きな反響を呼んだようですね。
正確な時代考証、魅力的な登場人物たち、淡々と描かれた物語、そして差し迫ってくる戦争。そのいずれの表現も優れていたとはいえ、クラウドファンディングによる映画制作で大ヒットとロングランを記録したことは、驚くべきことだったのではないでしょうか。

9月9日まで開催中の特別企画展「昭和館で学ぶ『この世界の片隅に』」は、このアニメ映画の原作となった漫画作品を介して、戦前~戦後の暮らしぶりを知る……というテーマのもとに開催されています。
原作者・こうの史代さんは、この作品を描くにあたって、ここ昭和館もリサーチの場としておおいにご活用なさったとのこと。つまり、あの名作の「元ネタ」の数々を観賞できるというわけなんです。
映画と漫画のどちらもまだご覧になっていない方は、リサーチ中の原作者になったつもりで展示を見て、そのあとに改めて漫画や映画の世界に触れてみる…という段取りも楽しめそうですね。もちろん、ファンの方にも待望の展示であることは間違いありません。

 

展示室では、実際に使われていた道具などを見ながら、当時の生活の様子を窺い知ることができます

さて、まずは「Ⅰ.家庭の暮らし」のコーナーです。
こちらは、「着る」「食べる」「住まう」「楽しむ」という4つのキーワードに沿って、実物の資料と、それに対応する漫画内のシーンが展示されています。
丁寧なキャプションが付けられているので、頭の中で両者をつなぎ合わせるのも容易。とても分かりやすい展示ですよ。

漫画や映画では、主人公の女性「すずさん」が家事に多くの時間を費やしている様子が描かれていますが、実際に使われていた道具類を見ると、その世界観がより具体的に立ち現われるかのようです。
「この洗い桶で洗濯をするのか。洗濯機の脱水機能と違って、手作業で脱水をするとなると、湿ったままの洗濯物は重いはずだから、それを伸ばしながら竿に通すのはひと苦労だろうなあ。物干しは身長よりも高いところにあるから、背伸びをして、ヨッコラショと竿を掛けて……う〜ん、これは重労働だ」
と、ひとつひとつの動作を想像しながら眺めていたら、じんわりと汗ばんでくるような気すらしてきました。なるほど、これでは家事に時間がかかるわけですね。

 

「楽しみ」にまつわる展示スペース

ところで、4つのキーワードのうち、「着る」「食べる」「住まう」はすぐに分かるのですが、「楽しむ」にピンと来ない方もいらっしゃるのでは。
実は、『この世界の片隅に』は戦争を描いている作品にもかかわらず、「すずさん」が楽しそうにしている場面が少なくないのです。
当然つらい場面もあるのですが、決して望ましくはない状況下でも生活を保とうとする気骨や、アイデアを広げて工夫を生みだす想像力、ふとしたときに顔をのぞかせるユーモアが、登場人物たちのたくましさを示しているようでした。

というわけで、上の写真は、その「楽しみ」にまつわる展示スペースの一部。キャラメル箱や、アイスクリームのカップなどが並んでいますよ。
作中では「すずさん」が友人にお菓子の絵を描いてあげる場面が出てきましたが、実際、砂糖が配給制となりお菓子が希少になった1940年頃には、お菓子の絵を上手に描ける子が学校で人気者になったのだとか。
お菓子の絵を描いたり見たりすることによって、食べたときの楽しい記憶が再現されたのでしょうね。いやはや、人間の創意工夫や想像力というものには、感服させられるばかりです。
そして、同時に、後にその子どもたちに起きたであろうことを考えると、ぐっと胸が詰まるような心地がします。

 

「すずさん」たちの日常は、いよいよ厳しいものになっていきます

展示は「Ⅱ.銃後を支えた人々」から「Ⅲ.戦争がもたらしたもの」へ、そして「Ⅳ.戦争が終わって」へと進みます。
国民学校や隣組といったコミュニティ、憲兵による監視、出征などを通して、戦争下における様々な人間関係や行動様式が浮かび上がります。

 

出征する肉親が無事に帰ってくるように女性が作っていたお守り、「千人針」。赤い糸で繕われた千個の玉結びに、安否を気遣う気持ちが込められています

 

当時の防空道具。展示されている漫画にも、空襲時の携行必需品が詳細に描かれています。現代の家庭に置かれている防災グッズとどう異なるか、という視点でも比べられそうです

 

当時の民家の模型。庭の防空壕の奥に穴が掘られ、中に荷物のようなものが埋められています。空襲で着火する危険性のある油などは、こうして土中に埋めて保存していたのだとか

 

戦災孤児にまつわる展示スペース。両親が亡くなったことを信じられず、母親に似ている人の後ろをついていっては別人であることにがっかりする少年の手記には、こみあげるものがあります

 

さて、この特別企画展を見終わったら、ふーっと腰を下ろして、湧き上がった想いを再度噛みしめたり、気持ちを整理したりしたくなるのではないでしょうか?
そんな時には、4階の図書室、あるいは5階の映像・音響室で、休憩がてら関連資料を閲覧するのがおすすめです。
それとも、まだ体力がおありであれば、2階の「昭和館ひろば」で「すずさん」と記念写真を撮影したり、チケットを買って6〜7階の常設展示室で学びを深めたり。

そう、昭和館では、現在、この特別企画展にあわせて、各階で関連企画をおこなっているのです。
上記以外でも、ふとしたところで『この世界の片隅に』のかけらを見つけることができますよ。

 

手前みそですが、弊社の提供する展示ガイドアプリ「ポケット学芸員」も全館で展開中。展示室同士をつなぐ鑑賞のヒントも隠されていますので、ぜひアプリをダウンロードしてみてくださいね

 

5階の映像・音響室。各ブースにはヘッドホンが2セットずつ付いていますので、同行の方と2人で同時に使用することもできます

 

というわけで、特別企画展「昭和館で学ぶ『この世界の片隅に』」を駆け足でご紹介してきました。
前述の通り、会期は9月9日までですので、まだまだ十分間に合います。
また、昭和館・しょうけい館・平和祈念展示資料館の3館合同でスタンプラリーも実施中ですので、チェックしてみてくださいね。

今年は「平成最後の夏」というフレーズも耳にしますが、時代が新たな節目を迎える前に確認しておきたい「昭和の夏」。
名作に込められたメッセージに、思いを巡らせみてはいかがでしょうか。

 

●「昭和館で学ぶ『この世界の片隅に』」2018.7.21-9.9
昭和館
http://www.showakan.go.jp/events/kikakuten/index.html