19世紀、ジョン・グールドが見ていた鳥と博物の世界――玉川大学教育博物館

 

東京都町田市に61万㎡もの広大なキャンパスを持つ玉川学園。
その敷地内には幼稚園から大学院までもが揃い、幅広い教育活動が展開されています。

今回は、そんな広大なキャンパス内に位置する、玉川大学教育博物館にやって来ました。
この日開催されていたのは、学園創立90周年を記念した特別展。
「ジョン・グールドの鳥類図譜――19世紀 描かれた世界の鳥とその時代」です。

 

19世紀イギリスの博物学者ジョン・グールドが制作した、鳥の図鑑にまつわる展覧会。
学術的な価値のみならず、独特の美しさも備えたグールドの鳥類図譜は、世界的にも高く評価されています。
玉川学園には、現在、この貴重な図譜が41巻も収蔵されているとのこと。
学園前名誉総長である小原哲郎氏が、そのあまりの素晴らしさに感動して、収集事業を始めたのだそうです。

人を虜にする鳥類図譜とは、一体どのようなものなのでしょうか?
ジョン・グールドの見ていた世界を、しばし覗いてみることにしましょう。

 

「シロハラエメラルドハチドリ」の標本。期間によって6種類の標本が展示替えされます。いずれも山階鳥類研究所所蔵

展示室入口付近に展示されていたのは、ハチドリの一種の標本。
米国スミソニアン博物館から東京帝室博物館を経由し、山階鳥類研究所に寄贈されたものなのだとか。
ちなみに東京帝室博物館とは、東京国立博物館の前身です。

掌にすっぽり収まるサイズのこの標本には、経由した3機関のラベルも付されています。
目を凝らしてスミソニアン博物館のラベルを見てみると……そこには「J. Gould」の文字が。
なんと、もともとグールド本人の標本だったわけですね。

採集地はグァテマラとメキシコであることが判明しているそうです。
グールドがいかに幅広く研究を行っていたかが窺い知れる、貴重なサンプルなのですね。

 

リトグラフに使われた石版の再現展示。グールドの鳥類図譜制作の一般的な工程もあわせて紹介されています

グールドの鳥類図譜の芸術性は、当時最先端であった印刷技術が大きな貢献を果たしたようです。
上の写真は、グールドのスケッチ「アゴヒゲコバシハチドリ」の複製と、リトグラフ(石版画)の石版を再現したもの。
羽ばたきの瞬間が、なんとも生き生きと写し取られていますね。

木版や銅版とは異なり、しなやかで柔らかい絵画のような描画を可能にする石版画法。
さらに石版は削って再利用できますから、比較的安価でした。
こうした技術の発明も、グールドの緻密な研究に大きく寄与したのでしょう。

ちなみに、リトグラフの制作に関しては、以前に現場を見学したことがあります。
画法の内容や工程を詳しく紹介しておりますので、よろしければあわせてご一読ください。

 

図譜がズラリと並んだ、圧巻の展示室風景

『イギリス鳥類図譜』1-10から、タカ目タカ科の「ハイタカ」。いずれの図譜も、とても片手では持つことのできない厚みと大きさです

『ヨーロッパ鳥類図譜』4-49から、チドリ目チドリ科の「タゲリ」。このように絵が横向きに差し込まれているページも見られます

さて、展示室を進むと、ズラリと並ぶ大型の図譜にびっくり。
『イギリス鳥類図譜』『ヨーロッパ鳥類図譜』『オーストラリア鳥類図譜』『アジア鳥類図譜』等々……なんと広範囲なことでしょうか。
南国らしい鮮やかな色彩が楽しい『ニューギニア及びパプア諸島鳥類図譜』もあります。

いずれも、単なる標本の写生ではなく、その鳥が実際に生きる姿を切り取ったかのような描写が魅力。
どのような植物とともに生息していたのか?
単独で行動していたのか? それとも群れで生きていたのか?
羽根を広げた時の大きさは?
……見た目の美しさのみならず、絵に込められた情報量の多さにも驚いてしまいます。

 

長谷川政美・黒田清子両氏の作成による「グールド鳥類図譜によるハチドリ系統樹マンダラ」(2019)。ハチドリの進化の様子を辿ることができます

『ハチドリ科鳥類図譜』4-47から、「ホウセキハチドリ」。花との取り合わせが見事ですね

『ハチドリ科鳥類図譜』3-73から、「トゲハシハチドリ」。部分的に金彩が施され、玉虫色のような複雑な色味が再現されています

グールドの取り組みの中でも有名な成果のひとつに、ハチドリに関する研究が挙げられます。
アメリカ大陸全土にわたって分布する、小さな宝石のような鳥。
すっかり魅了されたグールドは、1851年にロンドンで開催された第一回万国博覧会で、約1,500羽もの剥製を展示しました。
なんと75,000人もの来場者があったそうですから、まさに大成功を収めたわけですね。

ハチドリの特徴的な輝きをより美しく伝えるため、グールドは工夫を重ねていたようです。
展示方法にこだわったり、リトグラフには金属色で着色を施したり。

いま、こうして展示物を眺めていても、しばらく見惚れてしまうほどの美しさです。
ハチドリの姿かたちの愛らしさ、着色の豊かさ、雄弁さ。
上の写真から、少しでも伝わるでしょうか?

 

グールド工房の画家や、図譜の制作を支えた人々にまつわる展示コーナー。リトグラフという工程の多い技法を採用していたこともあり、多数の協力者が出入りしていたようです

グールドの妻、エリザベス・グールドによるスケッチの複製。左「オーストラリアチゴハヤブサ」/右「キンクロシメ」。丸みを帯びた描写が、鳥の質感を想像させます

グールドの幅広く緻密な研究には、多数の協力者の存在がありました。
展覧会では、こうした周囲の人々についても詳しく言及されています。

たとえば、ハチドリの彩色などを行っていた、ウィリアム・マシュー・ハート。
図譜の印刷を手掛けた石版印刷工房のオーナー、チャールズ・ジョゼフ・ハルマンデル。
グールド亡き後に図譜の刊行を引き継ぎ、またグールドの伝記を著した、リチャード・バウドラー・シャープ。
そして、画家であると同時に生涯の伴侶でもあった、妻のエリザベス・グールド。

そのほか、強力な支援者たちの枚挙にはいとまがありません。
19世紀の怒涛の流れとともに、グールドの活躍を後押ししていたことが伝わってくる展示内容です。

 

絶滅した鳥を紹介するコーナー。グールドの図譜内の鳥類だけでも、現在までの1世紀半のあいだに6種・2亜種が絶滅してしまったとのこと。グールドは鳥類の保護活動にも熱心だったようで、多数のメッセージを残しているそうです

展示室の外には、実際に触れる図譜も! こちらは『ハチドリ科鳥類図譜』第2巻(複製本)。備え付けのウェットティッシュで手を拭いてから、ゆっくりとめくってみてください

 

いかがでしたでしょうか。
玉川大学教育博物館の特別展は、2月2日まで開催中。
色彩、描写、そして図譜の大きさまでもが圧倒的な19世紀の博物の世界、皆さまもぜひご体験を。
寒さ厳しい季節ですので、どうぞお気をつけてお出かけくださいね。

 

●玉川大学教育博物館
玉川学園創立90周年記念特別展
「ジョン・グールドの鳥類図譜―19世紀 描かれた世界の鳥とその時代」
前期 2019年10月28日(月)~12月7日(土)
後期 2019年12月10日(火)~2020年2月2日(日)
https://www.tamagawa.jp/campus/museum/news/detail_16717.html

●特設サイト「ジョン・グールドの鳥類図譜」
https://j-gould.tamagawa.jp/db/default/index
※図譜を画像で閲覧することができるほか、鳥や図譜にまつわる特集コラムも充実したサイトです。ぜひ覗いてみてください。