純粋な想いに支えられ、地元の景観を創り続ける「ビエンナーレ」
~山口県宇部市の取り組み

気持ちのいい秋晴れの一日。広々とした公園で、湖からの風を頬に感じながら作品を眺めていると、そのまま時間の経過を忘れそうになります。自然の中で見るアートは、こんなに気持ちのいいものだったのか。ふと、そんな感動が込み上げてきます。

今回ご紹介するのは、山口県宇部市ときわ公園で開催されている「第28回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)」です。写真を撮りすぎてここには掲載しきれませんので、厳選して紹介します。心地良さが少しでも伝わればと思いますので、ぜひご覧ください。








ビエンナーレとは、隔年開催の美術展を指します。今回は「第28回」(通算だと30回になるそうです)ですので、芸術祭としての実績は、優に半世紀を超えている計算になります。というわけで、まずはその歴史を簡単に辿ってみましょう。

山口県宇部市は、明治以降、石炭産業で栄えた街。戦災で市街地の大半を失いますが、戦後の石炭特需もあって見事に復興します。その一方で、煤煙や煤塵による大気汚染も急速に進み、外に干した洗濯物が真っ黒になるほどの「公害の街」に。同時に治安の悪化も進行していたため、宇部の人々は立ち上がります。

産・官・学・民のすべてが一体となって緑化運動を展開し、婦人会や商工会議所では育った樹木のそばにさらに花を植える「花いっぱい運動」も活発に。こうした盛り上がりから、街に「彫刻を置こう」という気運が生まれます。戦後間もない時代でしたが、彫刻を前に写真を撮ったりスケッチを楽しんだりする人が徐々に増え、地域に希望が芽ばえます。

街角に芸術作品を置けば、きっと素晴らしい街になる。

そう信じる人々の思いは、やがて市を動かします。市長と図書館長は、美術評論家の土方定一氏、建築家の大高正人氏、彫刻家の柳原義達氏や向井良吉氏らに働きかけ、1961年7月に「第1回宇部市野外彫刻展」が実現しました。これが、現在の「UBEビエンナーレ」のルーツとなったわけです。

当時の宇部市民の思いは、作品として残っています。写真の「宇部産業祈念像」は、1956年に設置されたもの。市民の募金で制作されたこの彫刻は、戦後復興のシンボルとして、長く市民を勇気づけてきました。

時代が進み、1980年代に入ると、現代日本彫刻展でときわ公園に展示された作品を街頭に設置していこうという方針が打ち出されます。この作品もそのひとつですが、ひとつ、またひとつと増えていくことで、「何気ない場所に彫刻が点在する」街づくりが進められていきました。市民意識にもしっかり根付き、民間団体や企業が彫刻作品を寄贈しては街なかに設置されるという光景が当たり前になったのです。

現在、市内を彩る野外彫刻は、実に約200点を数えます。宇部は「公害の街」から脱却し、「芸術の街」へと発展していったわけですね。

そんな歴史にひとしきり感心したら、さっそく彫刻ウォーキングへ。夕方から日没までのわずかな時間でしたが、宇部市中心部の真締川周辺と宇部新川駅の間を歩いてみました。







どうです、なかなか絵になる光景ばかりでしょう? もっと撮影にこだわれば素晴らしい写真が撮れそうな風景のオンパレードなんですよ。

ひとくちに彫刻作品と言っても、伝統的な人物の彫刻もあれば、モダンなオブジェもあります。場所もさまざまで、川沿いにあり、交差点にあり、市役所前や駅前でも独特な風景が楽しめますね。だからと言って街の雰囲気から浮き上がることなく、それぞれにしっかり溶け込んでいるのがポイント。この「馴染んだ感じ」は、彫刻がある風景が日常になるまで継続してきたからこそのものなのでしょう。

第1回の開催から「2年に一度」が30回も続いてきたわけですから、その間に代替わりもあったことでしょう。現に、元号は2度変わり、市長も7人目を数えるそうです。半世紀の間には、景気の大波小波があれば、それこそ悲喜こもごもの「歴史に残る事件」が起こってきたはず。それでも変わることなく、何百年も続く祭のように、市民から市民へとバトンを渡しながら続けてきた芸術祭。本当に頭が下がります。

「宇部を彫刻の街に」「アートのチカラでステキな街に」という強く純粋な想いを地域住民が共有し、作家に対して発表の場を提供する。完成した作品はそのまま地域に還元され、文字通りのランドマーク=大切なワンシーンを創り上げる街の重要なパーツとなり、長く地元で生き続ける…。UBEビエンナーレは、地域の芸術祭として、まさに理想的な姿で運営されていると言ってよいでしょう。

今でこそ「芸術を活用した地域づくり」という言葉は珍しくありませんが、本当に地域を愛する住民たちが力を合わせて本気で取り組むと、ここまで素晴らしい結果を生むのですね。街を歩くうちに、尽力された宇部市の方々に心からの拍手を贈りたい気分になりました。そして、次回こそは、街を彩る全作品を鑑賞するつもりで時間にゆとりを持って訪れようと心に誓うのでした。

 

● UBEビエンナーレ https://ubebiennale.com/