平日の午前中から穏やかな賑わいを見せる、春の上野公園。
運良く人の通らないタイミングで写真を撮ることができましたが、桜が開花した後だったら、それも難しかったかもしれません。
さて、上野公園の楽しみは、屋外だけに限りません。
複数のミュージアムが位置するエリアですが、今回は上野の森美術館で開催中の「VOCA展2019」を紹介いたしましょう。
1994年に始まった「VOCA展」は、今年で26回目を数えるそうです。
全国の学芸員、研究者、ジャーナリストなどに若手作家の推薦を依頼し、その作家が新作を出品するというスタイルが特徴の展覧会です。
新たな才能を発掘する「登竜門」では、通常、作家が応募してきた作品を審査員が評価する、公募形式を思い浮かべますよね。
その点、VOCA展の推薦方式は、かなりユニークなのではないでしょうか。
フレッシュな美術作家たちが出品する新作は、いずれも「平面作品」。
これは規定で決められているそうですが、絵画だけでなければならないわけではありません。
多様な技法やメディアが使われていますから、同じ「平面」でも、時代や人によって捉えられ方が異なるのだなあ……と実感します。
そんなめまぐるしさも、きっと現代美術の醍醐味のひとつですよね。
今回は、どんな作品が集まってきたのでしょうか。
では、少しだけ覗いてみましょう。
石場文子さんによる《2と3、もしくはそれ以外(祖母の家)》は、4点組の作品です。
アップで撮った画像をご覧になれば、写真なのか絵画なのかが判別しづらいものが含まれていることにお気付きになるかもしれませんね。
実は、モノの輪郭をなぞる形で、写真の中に線が引かれているのです。
現実は漫画のようにモノの輪郭線がはっきり引かれているわけではありませんから、こうして輪郭線を足した写真にいきなり遭遇したところ、思わず混乱してしまいました。
「写真なのか? 絵画なのか?」という表現形式の混乱。
「現実なのか? 創作世界なのか?」という脳の認識の混乱。
これらの混乱が一緒になってやって来て、好奇心を刺激されるような作品です。
喜多村みかさんによる《TOPOS》は、逆にハッキリと写真であることがわかる2点組。
でも、写真には、さらにテレビ映像のような画面が写り込んでいるので、入り組んだ構造になっているようにも思えます。
少し眺めていると、目を開けて何かを「見ている」たくさんの人の気配が感じられます。
写真を撮っている人(喜多村さん)、写真を見ている人(筆者)、写真の中で画面を見ている人(たぶん喜多村さん)、そして右側の画面に映し出されている人々。
例外は、画面の中でうつむいて目を閉じている女の子です。
彼女だけが「見ている」ことをお休みしていますが、画面には「8:15」という歴史的な時刻が表示されているので、黙祷の様子なのでしょうか。
……と、気がつくと集中して見入ってしまいました。
この写真に写っている部屋の思索的な薄暗さもあってか、ついあれこれと思いを巡らせてしまいます。
また、そんな薄暗さとは対照的に、写真の中の画面が刺激的な明るさであることが、なんだかアイロニカルにも思えてきます。
何時間でも見ていられるような、魅惑的な作品です。
こちらは、「目」という名称のアートコレクティブ(団体)による作品。
荒神明香さん・南川憲二さん・増井宏文さんの3名で構成されています。
溶け合ったり分離したりと、まだらに層を成している様は、まるで鉱物(天然石)のよう。
実際には、樹脂やアクリルなどでできているとのことですが、それにしても時間の積み重ねを感じさせてくれます。
偶然の妙を制作過程に採り入れているらしいのですが、それもスリリングで魅力的ですよね。
ところで、これが「平面」であるとは信じ難い立体感です。
それは、この作品に物理的な厚みがあるためでしょうか?
単にそれだけであるとは言い切れないような、複雑な美を感じさせてくれる作品です。
VOCA奨励賞を受賞したチュン・ユギョンさんの作品は、プロパガンダポスターを解体した試みなのだとか。
強烈なインパクトを感じさせる一方で、どこを見るか・どこから見るかを定めることができない、不思議な作品でもある気がします。
こちらのKOURYOUさんの作品は、細かく描きこまれた複雑な階層構造が見られる絵と、その複雑さを立体化したような2点組。
インターネットの世界を地図にしたような作品ですが、決して説明的ではなく、わくわくするような広がりを感じさせてくれます。
長野出身で、ギリシャへの渡航経験もあるという、東城信之介さん。
こちらはオリンピックという歴史に対してアプローチした作品のようです。
鋼板に描かれているためか、錆が付着していたり、また様々な技法が使われているためか、複数の人の関与を錯覚させたりと、本当に街の壁のグラフィティを見ているような気がしてきます。
さて、「VOCA展2019」の出品作は全部で33作品。
ごく一部を紹介させていただきましたが、優れた才能たちの手による意欲作の数々が、まだまだ会場全体に散りばめられていますよ。
なお、美術館の入口の横に位置する「上野の森美術館ギャラリー」では、2005年のVOCA展出品者による個展「内海聖史展―やわらかな絵画―」も同時開催中。
出品者のその後の躍進ぶりを感じることができますので、こちらもどうぞお見逃しなく。
季節の訪れを感じさせてくれるのは、花や気候ばかりではありません。
今、上野の森美術館では、刺激的な才能の芽ぶきを余すところなく感じることができます。
皆さんも、ぜひ訪れてみてくださいね。
●上野の森美術館
http://www.ueno-mori.org/
「VOCA展2019 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」2019.3.14-3.30
「内海聖史展―やわらかな絵画―」2019.3.14-3.30
●関連展示(別会場:第一生命ギャラリー)
「VOCA受賞作品展「CONNECT VOCA!」2019.3.1-4.19
https://www.dai-ichi-life.co.jp/dsr/society/contribution/gallery.html
有楽町にある第一生命ギャラリーで開催中。過去のVOCA受賞作品17点によって構成される展覧会ですので、ぜひこちらも。